・novelai作品
タイトル:産休前の看護師の苦悩
病院の朝はいつも早い。
看護師の佐々木彩乃(ささきあやの)は、今日もエプロンを締め直し、ナースステーションへと向かった。
産休に入るまであと2週間。
8ヶ月目の大きくなったお腹を抱えながら、彩乃は自分が今もフルタイムで働いていることに時折、不安を感じていた。
「佐々木さん、無理しないでくださいね。少し休んでも…」
先輩看護師の松本が、心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫です、まだ動けますから。」
彩乃は微笑みながら答えるが、その背中には疲労の影が見え隠れしていた。
患者さんの世話、カルテの管理、緊急時の対応――彩乃の仕事は一つ一つが責任の重いものだ。
それに加え、彼女はこれから母親になる準備をしている。
家では赤ちゃんのためのベッドや衣類を揃え、産後の生活に向けて少しでも安心できるように準備を進めていた。
しかし、仕事中はそのすべてを頭の片隅に追いやらなければならない。
命を預かるこの仕事において、気を抜くことは許されないのだ。
「佐々木さん、患者の山田さんが急変しました!」
同僚の緊急報告に、彩乃はすぐに反応した。呼吸が乱れた患者を見つけ、迅速に対応に移る。
集中力が研ぎ澄まされる瞬間だった。
酸素を投与し、モニターの数値を確認し、医師と連携を取る。
チームで協力して無事に患者の容態が安定すると、彩乃はようやく大きな息をついた。
だが、その瞬間、急に腹部に張りを感じた。
お腹の赤ちゃんが動いているのか、それとも自分の体が限界に近づいているのか――。
一瞬不安が彩乃の心をよぎる。
「…もう休んだほうがいいのかもしれない。」
そう思う一方で、彼女には責任感があった。
患者を見捨てるわけにはいかない。
自分がいなくなったら、同僚たちに余計な負担をかけてしまうのではないか――そんな思いが彩乃を仕事に駆り立て続けた。
家に帰れば、夫の真一が待っている。
真一は彩乃の体を心配してはいたが、彩乃自身の「もう少し働きたい」という強い意志を尊重して、いつも優しくサポートしてくれた。
夕食を作り、家の掃除を済ませ、妊娠中の彩乃が少しでも楽に過ごせるようにしてくれる彼の姿に、彩乃は感謝していた。
「あと2週間…なんとか乗り切れるかな。」
夜、ベッドに横たわりながら、彩乃は天井を見つめた。
お腹の中の赤ちゃんが動くたびに、産休後の生活のことを考えた。
赤ちゃんが生まれたら、自分はこの仕事に戻れるのだろうか。
命を守る看護師の仕事と、赤ちゃんの母親としての役割、どちらも中途半端にはしたくない。
翌日も、病院では忙しい時間が続いていた。
彩乃は何度も体に張りを感じながらも、同僚や患者に心配をかけたくなくて、笑顔で仕事を続けた。
しかし、彼女の体は確実に限界に近づいていた。
「佐々木さん、本当に大丈夫ですか?」
再び松本が心配そうに声をかけてくる。
「すみません、少し休憩します…」
ついに、彩乃は無理をしない決断をした。
ナースステーションの隅で椅子に座り、ゆっくりと深呼吸をした。
お腹をさすりながら、今一番大切な存在を感じていた。
「私がいなくても、みんなちゃんとやっていけるよね…」
彩乃は自分に言い聞かせるようにそうつぶやいた。
看護師としての責任と、母親としての責任。
その両方を背負いながら、彩乃は産休までの残りの日々を穏やかに過ごそうと決意した。
その日はいつもより早く帰宅し、夫の真一と一緒に夕食を楽しんだ。
彼女の心には、これからの新しい生活が徐々に形を成してきていた。
命を守る看護師の仕事は一時お休み――でも、これからは赤ちゃんの命を守る母親としての新しい旅が始まるのだ。
彩乃はこれからも悩み続けるだろう。
仕事と家庭、どちらも大切にしたいという思いは消えない。
しかし、彼女は知っている。どちらの道を選んでも、その道は命を守るという、同じ尊い使命を果たすものだということを。